いのちを守ってくれた丘

昨年の夏、友人が陸前高田の八木澤商店を訪ねた折、専務の河野通洋氏に工場の裏側にある小高い丘に案内されたという。なんの変哲もない、丘。ちょっと不思議な思いになった彼に、通洋氏はこう話したそうだ。

「むかし、大きな津波がきたんだけど、みんなここに逃げて助かったって、おじいちゃんから聞いた」

地震が起きて、仲間の安否がまったくわからない頃、彼はこのときのことを思い出し、必ずあの丘に逃げて無事であるに違いない、と信じていたという。

「津波のときは沖へ逃げろ」三陸の漁師たちの鉄則だそうだ。その言葉通り、波の影響を受けにくい沖へ逃げて難を逃れた漁師さんがたくさんいると聞いた。

「古い」ということを、意味のないもの、価値のないもののようにとらえる向きがあるが、そうではないだろう。経験に勝る理屈はない。きっとこうして、先達の教えを守りながら、知恵をしぼり、人はいのちをつないできた。活字の中では得られない、コンピューターではおしはかれないことが、この世にはまだまだある。

福島の原子力発電所。「津波がくる」ことをまったく想定していない設計に、いまさらながら驚いている。「土地」を知らない机上の学問が生んだ、取り返しのつかない、「負の遺産」になってしまった。